長楽寺

円山公園の東の奥、坂本龍馬と中岡慎太郎の像の後ろの方に伸びる石畳の参道を登っていくと長楽寺の山門に着きます。平安時代の昔から、桜と紅葉の名所として多くの詩歌に詠まれたり『今昔物語』に登場したりしたお寺です。

延暦24年(805)に最澄を開山として桓武天皇が創建したといわれています。奈良から京都に遷都され平安京ができて間もないので、このお寺の歴史はとても古いです。当時は天台宗延暦寺に属する名刹として知られていたそうです。至徳2年(1385)に住職が遊行上人国阿に帰依して寺を譲り、現在では時宗霊山寺派となっています。

文治元年(1185)、平清盛の娘で安徳天皇の生母となった建礼門院が源平合戦に敗れ、剃髪出家したところと『平家物語』に記されています。毎年5月の連休頃に琵琶で『平家物語』を聞く会も催されています。建礼門院の供養塔もあります。

江戸時代には境内南部を大谷祖廟に譲り、明治時代には円山公園に一部編入され、いまでは狭くなっています。

庭園は銀閣寺の庭を作った相阿彌によるものといわれています。銀閣寺の庭園を作る前に、練習として作ったともいわれています。

書院の庭園には池があります。それを眺めながら抹茶をいただけます。私は、歴史の長さに感じ入って、とても侘び寂びを感じました。円山公園のすぐ隣にあるとは思えないほど歴史のある古刹です。

境内には重要文化財の収蔵庫があり、法然や国阿上人の肖像や、時宗の祖師像が数多くあります。時宗の祖師像の中には教科書でも学んだ知真(一遍)立像もあります。また、建礼門院像や、建礼門院にゆかりの品々が残っています。

本堂の横から山道を登ると、水戸藩ゆかりの墓地と、頼山陽と夫人や弟子たちのお墓があります。この辺りから洛中を一望できます。円山公園が眼下に広がっています。古来からの景勝の地です。

帰りには、円山公園の中にある坂本龍馬と中岡慎太郎の像に立ち寄リましょう。司馬遼太郎の歴史小説、『竜馬がゆく』に描かれた幕末、維新の頃の志士です。京都は、日本が明治維新という新しい時代を迎えるために奔走した志士が集まった場所です。

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