正月早々、円山公園に行きました。

四条通りから八坂神社にお参りする人はたくさんいるようですが、隣の円山公園にまで足を延ばす人は少ないようです。

広々とした円山公園を満喫できました。晴天で、優美な曲線の東山も目の前に広がっていました。

たくさん植えられている桜は、葉っぱを落として寒々としています。あと3ヵ月すれば花が咲き、お花見のお客さんでいっぱいになるとは想像もつきません。桜の木は桜の蕾(つぼみ)の中で春の準備をゆっくりとしているのでしょう。

松と柳は青々としていました。

昨秋、通りかかった時には、祇園しだれ桜の前のひょうたん池の縁に土嚢が積まれていました。紅葉で真っ赤になった桜の素晴らしい写真が撮れたのですが、白い土嚢が気になっていました。土嚢に当たった秋の光がひょうたん池の水面に反射していました。

あの時、ひょうたん池に注ぎ込む枯れた川になっている上流の部分では、川の底を掘り返す作業が行われていました。何をやっているのか気になりました。でも、迷惑になるかもしれないので、作業されている方には声をかけませんでした。

今回、1月になってあの土嚢がどうなっているか確認すると、無くなっていました。なんのための土嚢だったのかよくわからなかったのですが、のんびりと歩いていると、掲示板があることに気づきました。そして、あの土嚢の理由が「名勝円山公園の庭園修復工事」であることがわかりました。

掲示板によれば、庭園修復工事の目的は、明治の終わりから大正にかけて作庭された当時の景観によみがえらせること、だそうです。大正時代にこの庭園を作ったのは、武田五一と「植治」こと七代目小川治兵衛でした。

工事の内容は、流れの護岸石組や底のき損箇所の修復、とあります。さらに、庭園の築造時の痕跡や過去の修復時の痕跡も考古学的調査により検証・記録する、とありました。

つまり、昨秋に川の底を掘り返す作業をしていた方は、“考古学的調査”のようなことをしていたのです。確かに、地下の遺跡を発掘するような慎重なことをしているなあと思って見ていたことを思い出しました。川の底の石の周りの土の部分をゆっくりと丁寧に削っていたのです。セメントは使われていないようでした。

庭園修復工事の目的には、将来にわたり維持、管理することも含まれています。将来、修復が必要になった時のためにも、丁寧に川底の石組みの記録などをしていたのだと推察できます。

ひょうたん池のすぐ上流のあたりは橋もあり、いい風情でしたが、もっと上流の滝口のあたりは少し荒れているなあと感じることもありました。そのため、私は坂本龍馬と中岡慎太郎の像のところにはよく行っていたのですが、滝口の方はあまり行きませんでした。今回の庭園修復工事では、流れの周りの植栽も丁寧に管理されるそうです。滝口のあたりの植木の管理も期待できそうです。

京都では、清水寺本堂を始め、いろいろな文化財の保護、修理がなされています。京都市で最も古い公園である円山公園も修復工事がなされていたのでした。

庭園修復工事は、円山公園を「名勝として更には都市公園として一層の活用を図る取り組みの1つ」ですと掲示板に書かれてあります。円山公園の奥の方まで大正時代に作庭された当初の状態にきれいに復元されたら、心地よく散歩することができるようになるでしょう。庭園修復工事が終わったらどうなるのか楽しみです。

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