はじめに

盆地になっている日本の古都、京都。京都盆地の東に位置する東山は古来、“東山三十六峰”といわれてきました。数えると、東山には南北に36の峰々が連なっているという。葛飾北斎の浮世絵、“富嶽三十六景”のように、江戸時代には36という数字が語呂がよかったのかもしれません。多くの歌人が、東山をテーマにした歌を残しています。私のお気に入りの一句は江戸時代の服部嵐雪によるものです。

  布団着て 寝たる姿や 東山   

                       服部嵐雪

東山の山々は、なだらかな曲線をしており、ちょうど比叡山のあたりがお釈迦様の頭で、南禅寺山のあたりがお腹で、稲荷山が足に見える、というふうに詠まれています。仏教の教えと自然がおだやかに溶け合って、うららかな春の一日の昼寝といったような平和な印象です。実際には、布団は冬の季語で、寝ているのもお釈迦さんかどうかまでは判りませんが。

東山には穏やかな自然に囲まれた文化財がたくさんあります。庭園などにも工夫が凝らされていて、味わい深いです。寺院では仏教を伝えています。仏教は命を大切にする教えですから、自然と文化が調和して共存している雰囲気を感じることができるのが東山の一番素晴らしいところだと思います。

京都の歴史、文化には仏教だけではなく、四神相応のような昔の東アジアで広く信じられた考え方もあります。東山と京都市街の間に流れる鴨川は、四神の中で東方を護る青龍を表していて、京都が都に選ばれた理由になりました。伝説では、この龍のねぐらが八坂神社にあるそうです。

詩仙堂の庭園

京都の神社やお寺は、訪れる季節によって雰囲気が変わります。気温や天候が変わりますし、境内の庭の植木が変化していくからです。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は木枯らし、というように、季節に応じて芽→葉→実→根と植物の中のエネルギーが循環します。知っていると思い込んでいる神社でも、これが同じ場所なんかなあ?と思うほど変化します。私たちが着ていく服装も夏は半袖、冬はセーターと季節で変わりますし、本当に楽しい経験になります。このような四季があって幸せだと思わずにはおられません。こんなこと、普段は思わないのにそう思えるのは、いつ神社やお寺に行っても庭がきれいだからでしょう。

京都の庭園はとても繊細に管理されています。庭仕事をしている植木屋さんに会うことも度々あります。ある日は落ち葉をブロアで吹き飛ばし、ある日は高い松の枝で枯れた細い松の葉を抜き、ある日は苔に生えてしまった雑草を引っ張って取り除く、といったように。私はある種の尊敬の念を持って植木屋さんの職人的な仕事ぶりを眺めています。脚立の上でバランスを取って立つ姿はなかなか魅力的です。

京都の庭園が綺麗に管理されているのには訳があります。天龍寺庭園や苔寺庭園を造った夢窓疎石は、毎日、庭を掃除をすることを勧めました。掃除をして塵の落ちていない庭園を維持することが、心を磨くことにつながります。掃除することで心が清められる。こうして現代でも庭は誰かのおかげで美しさを保っています。そんなことを思うと、季節ごとに変化する庭を鑑賞させていただけるのは幸運なことと思えます。

神社やお寺の魅力は他にもあります。周りにあるお店に入るのも定番の楽しみです。門前にあるお店も、季節によって違う店に入りたいものです。春は和菓子、夏はみたらし団子、秋はコーヒーショップ、冬は湯豆腐というように。毎日を健康に過ごしてゆくためにも、京都の良さを散歩しながら発見しましょう。旅館やホテルにも泊まって楽しみましょう。